ジョコビッチに対する批判集中だが果たしてその中身は

テニスのレジェンド、ジョコビッチ選手がオーストラリア入国を拒否され、全豪オープン第1シードの選手が棄権という事態に陥った。事は今年の全豪に止まらず、今後3年の全豪や他の大会出場も危ぶまれる状況である。一連の動向に、ジョコビッチ選手に対する批判も集中し、同じレジェンドのナダル選手は「ワクチン接種すればいいだけのこと」と言い放った様だ。

しかし、冷静に考えて、これらの批判は正当なものだろうか。ワクチン接種は義務化されるべきものではなく、個々人の事情を勘案する必要があり、個人の判断のはずである。全容を見ずの感情的な批判も多いのではないだろうか。

一方で、確かに批判に相当する部分も見えてくるが、それは正しく事実を見極めた上でなければならない。単なる誹謗中傷、良いがかりに近い論調が跋扈する風潮は健全ではなく、まずは事実関係を整理してみたい。

<ジョコビッチ選手がワクチン接種をしない背景>

ジョコビッチ選手は幼いころからいくつかのアレルギーを抱えていたとの事だ。プロになってからも試合で呼吸困難に陥るなど途中でリタイアする状況が続き、その後、グルテンアレルギーである事が判明している。

グルテンアレルギー対策として食生活を見直し、徐々に改善に向かった。2015年に執筆した本に、グルテンフリーの食生活を取り上げ、グランドスラムタイトルを獲得できた秘訣として食生活の改善だとしている。そして、その後のツアーでも、グルテンフリーの食事とトレーニング用具を準備していたという。

この様な原体験を持ち、アレルギー体質でもあれば、ワクチン接種を躊躇するのはある意味当然では無いのだろうか。

ここでジョコビッチ選手のワクチン接種に関する発言をいくつか取り上げてみる。

全米オープンにて

「ワクチンに関しては常に、それぞれ自分が打ちたいかどうかという判断が重視されるべきだと考えている。そこだけは崩さないでほしい」

ATPファイナルにて

「ワクチンのことだけじゃない。生きることの全てで、個人には選択の自由がある。それが豊かで幸せな人生に必要不可欠なものだと思うから」

フェイスブックのライブチャットでは

「僕はワクチンの接種自体を否定しているのではない。ただ、誰かが僕の体内に無理やり何かを入れるのは嫌だ。受け入れられない」

これらの発言を聞いて、「ワクチン接種すればいいだけのこと」と簡単に片づけられないと感じるのは筆者だけだろうか。

<入国拒否された問題事項>

オーストラリア・テニス協会は、大会参加、それにかかわるビザ発行はワクチン接種を前提としている。但し、過去6か月以内に感染歴があれば免除ともされており、今回のジョコビッチ選手の申請はこの過去感染歴を前提にしていた。

その感染日は2021年12月16日であった。しかし、そこから綻びが発生する。その感染経緯を確認してみる。

12月14日バスケットボール試合を観戦。これがクラスターとなる。

12月16日簡易抗原検査実施で陰性判定。同時に念のためのPCR検査実施

12月17日テニスのジュニアイベントに参加

12月17日イベント後にPCR検査陽性判定通知

12月18日雑誌インタビュー実施

17日のイベント参加は陽性判定前との言い訳はあっても、クラスターの所謂濃厚接触者であり、PCR検査も実施していた訳なので本来であれば結果が出るまで自粛すべきであったとセルビアの首相も非難している。そして、18日のインタビューに関しては弁解の余地は無い。

更にまずいのが、オーストラリア入国書類の過去14日間にどこにも旅行をしていない事を問われる質問に、していないと虚偽申請をしていた事が明らかになっている。

実際は、セルビアからスペイン(ジョコビッチ選手保有宅に3日滞在)を経由してのオーストラリアであった。スペインもワクチン接種証明書が入国に必要だが、どの様に入国許可が下りたのかは不明であり確認中の様だ。

ジョコビッチ選手は同書類をチームスタッフの人為的ミスであり意図的ではないと述べているが、果たして入国書類の不備がミスで済まされるものではないだろう。

ましてや、2021年6月にも自身開催のトーナメントで本人含むクラスターを発生させて批判を浴びており、今回の件も含めて信用が失墜しているのも現実であり、12月16日の感染17日の陽性判定も入国する為の虚偽ではないかとの疑惑まで発生している。

<ジョコビッチ選手に望む>

以上の様な事実関係から、最悪の場合テニス協会から何らかの処分の可能性すらある。テニスの1ファンとして、レジェンドをその様な事で失う事は何が何でも避けて欲しい。

その為には、ジョコビッチ選手には明確な説明責任を果たしてもらいたいと考える。

6月にクラスター発生させた事や12月の濃厚接触後の行動に関して軽率であった事、入国申請書類にミスとはいえ虚偽記載をした事実を含めて、自身の行動が軽率で考えが甘かった事を反省し謝罪会見を開き、テニス協会からの如何なる処分も受けると表明する事を期待したい。

その上で、ワクチン接種を躊躇する原体験を語り、同様の苦しみを持つ人達の存在も訴えるべきであろう。そうして自身の判断に対する理解を求めれば同様の選手達にも手を差し伸べる事になるだろう。これは危機管理、危機コミュニケーションの観点から望む事だ。

ワクチン接種免除は定められているとはいえ、現実には認められる例は僅かとの事だ。この現実に風穴を開けるのはジョコビッチ選手以外にないだろう。

体操のレジェンド内村選手が、世界体操時のPCR陽性判定に異議を唱え、再検査による陰性により偽陽性判定であった事を示し、無事世界体操開催に繋がった。これは、レジェンドでなければ、陽性検出、濃厚接触者判定で多くの棄権者を発生させ、大会が無事では無かっただろう。前例を突破し、改善する為には、その道の先駆者が支持される心情面も背景に勇気を持った行動を超す事で突破口が開ける。

テニス界の為、世の為に、適切な行動を期待する。

ワクチン接種の個人判断に本質的に必要な情報

ワクチン接種に関しての報道が毎日繰り返されている。しかし、有意義な情報は少なく、本質的な情報は報じられていないのが実態だ。

まず、ワクチンの種類に関して。インフルエンザなどで馴染みの深いタイプが、不活化ワクチンであり皮下注射するタイプ。厚生労働省の公式コメントでも感染予防に効果は無いと言っているが、その理由は簡単で、感染は鼻、喉、目などの粘膜から感染するだ。皮下注射(筋肉注射でも同様)で獲得できるのはIgG抗体であり、これは血液中からあまり外へは出ないので、感染した後に効果が発揮できるカラクリだからだ。従って、感染予防よりも重症化防止の効果が高いのである。

不活化ワクチンの場合、ウイルスの弱毒化や不活化に時間を要するのと、製造時の大量培養に時間を要する為、パンデミックに即応する事は極めて困難であった。

では、感染抑止効果のあるワクチンは無いのか。それが、活性の生ワクチンを鼻粘膜や喉に塗布する方式だ。しかし、生ワクチンとは、まさにウイルスそのものなので、いくら毒性を弱めていたとしても、本当に感染させるので、リスクが高く、使われていない。

最新医療の遺伝子ワクチン

そして、最新医療分野の遺伝子ワクチンである。その中で、ファイザーやモデルナのメッセンジャーRNAワクチン、アストラゼネカのウイルスベクターワクチンが注目を浴びていて、日本が供給契約を結んでいる。

メッセンジャーRNAワクチンは、タンパク質生成の設計図を持つmRNAを体内に投与する事で、目的とするタンパク質を人工的に作らせる仕組みで免疫を獲得する。これは、ウイルスのゲノム配列が解読できれば、短期間で設計が可能という利点がある。また、ゲノムに挿入されて細胞がん化等を引き起こすリスクもなく、全ての目的タンパク質を対象と出来るので、感染症のワクチンだけでなく様々な医療に応用できる。

デメリットとして指摘されていたのが、大まかに2点。1点目が本来mRNA分子は生体内では不安定であり、長続きしない事だった。体内で不安定な弱点を克服する工夫がなされ、実用化出来たのだろうが、本来体内に長期間残る事が出来ないものが残る様にすることで発生する弊害を懸念している専門家も存在する。ドラッグデリバリーシステム(DDS)という体内の薬物分布を制御するシステムは、まだまだ開発途上で課題満載の分野なのだ。そして、2点目が、mRNAを異物として異常な免疫反応を引き起こすリスクもあるとの事だが、これも凡そのレポートでは、乗り越えつつあるとの事だ。

ウイルスベクターワクチンは、運び屋となる病原性の無いウイルス(チンパンジーアデノウイルスなど)に対象となるウイルス(今回は新型コロナ)の遺伝子を搭載して投与する事で、免疫反応を促すものである。同様に、設計・製造に短期間で対応できる強みがある。実績もエボラ出血熱のワクチンとして実用化されており、先天性の代謝疾患やがん治療に応用されている。一方で、運び屋となるウイルス自体の抗体が出来てしまうので、2回目の接種は困難であり、一般的に安全性への懸念があると報告されている。

現在、日本で土俵に上がっている3社のワクチンは、mRNAとウイルスベクターだが、その特性を生かして短期間での実用化が出来たのだ。効果も、自然に発生する免疫反応任せではない遺伝子療法の恩恵だろうか、優れた成績が報告されている。そして、懸念される副反応も、短期的には他のワクチンと比較してもリスクが高い訳ではないとの結果が現時点では報告されている。

であれば、手放しに受け入れて良い、とは言い切れないのが、長期的な有害事象の可能性があるからだ。全く新しいワクチンが故に、長期的なデータが存在しない。本来は、数百万人規模の接種、数年にわたる観察が必要なのだ。また、ワクチン接種した人の方が、症状が悪くなるワクチン関連疾患憎悪(VAED)やワクチンによって誘導された抗体で感染が増強する抗体依存性増強(ADE)という現象のリスクもある。だから認可には通常相当な時間が要するのだが、今はその時間は無い。

個人の判断に必要なのは

ワクチンを接種するか、しないかは、最終的には個人の判断になる。しかし、今現在、個人が判断する為の情報が充分に提供されているとは言い難い。難しい専門的な内容もあるだろうが、このメリットとリスクを政府も伝える努力は必要だろうし、メディアにも責任がある。マイナス70℃の冷凍保存移送や模擬訓練などは、接種を受ける立場からは判断に必要な情報ではないので、伝える優先順位は低いはずだ。メディアは、情報の価値を理解していないとしか思えないのだ。

諸外国の場合、感染状況が日本とは大きく異なるので、ワクチンのリスクよりもメリットを重要視するのは当然である。ある意味、強制的接種もあり得る状況かもしれない。

しかし、日本は状況が異なる。メディアの煽り報道で状況を読み誤る人も多いだろうが、諸外国と比較して感染状況は桁違いに穏やかだ。ならば、ワクチンのリスクには敏感になる必要があるかもしれない。メディアや医師会が言う様に危機的状況だと信じるのであれば、ワクチンの少々のリスクは受け入れるべきだ。

どちらにしても、情報を正確に把握した上で、科学的、論理的思考なくして個人の判断は出来ないのである。