事業継続計画(BCP)の対応を怠っていた医療福祉業界の実態

東日本大震災などの大規模自然災害を受け事業継続計画(BCP)の必要性が再認識された。特に日本は欧米先進国と比較して、このBCP、更にはマネジメントにまで発展させたBCMの取り組みが東日本大震災当時は遅れていて、対応が後手後手となりサプライチェーンなど様々な脆弱性が露呈した。

多くの方は記憶にあるだろうが、震災直後、製紙工場の被災により新聞のページ数が減少し、石油化学コンビナートの被災により、カラー刷りが無くなった。私自身、何の因果か、その時は調達部門の責任者だったため、全国の工場に対して生産材料の欠乏無き様、統制管理を実施、東奔西走の毎日で事業継続の必要性を肌で感じている。また、その直後タイの洪水により、ハイテク部材の日本への供給が逼迫する状況が発生した時も同様だった。

これらの事案は、日本企業の経営課題として事業継続の重要性を突き付け、2重調達や従業員が通勤できない状態の対応策等、各社相応の企業努力を実行している。その想定事案として、基本は大規模震災であったが、パンデミックも想定すべきとの議論も盛んに行われていた。今回、急な在宅勤務によるリモート対応などの対応がスムーズにできた企業は、これらの対策が出来ていたからだ。

企業の経営課題は即ち日本としての国家課題でもあり、政府としても国土強靭化を目的として、平成28年にガイドラインを制定し、『レジリエンス認証』という認証制度を創設している。次に示す表は、内閣官房国土強靭化推進室が公表している、認証取得の業界別の団体数である。

この認証制度は2年更新であり、年3回の更新機会を設けているので、過去6回分の審査における新規と更新の団体数が全認証団体数となり、現在207団体認定取得している。その全体の半分以上が製造業と建設業で占めているのが表から分かる。確かに、サプライチェーンという課題に対して直接向き合う必要性から頷ける数字だが、それとは別に、目を疑うのが医療福祉分野の認定取得がたったの7団体、認証全体の3.4%に留まっていることだ。

本来、医療福祉業の事業継続は国民の生命・健康に関わる為、優先順位は高い筈なのだ。実際に、内閣官房国土強靭化推進室として、事業継続シンポジウムと銘打って、全国キャラバン方式で『医療・福祉分野の事業継続』を開催し拡大強化を目指している。そこまでやっても、賛同し認証取得に至っている医療福祉の団体が、たったの7団体なのだ。

認証取得が全てではない。認証取得してもISOの様に、形だけで運用が形骸化してしまう問題点も指摘されている。認証取得しなくても、運用さえ確実に行えば問題ない。しかし、今回のパンデミックに対する医療業界の対応を見ている限り、そもそも事業継続に関心すらなかった、自分事としては考えていなかった、内閣官房から言われても馬耳東風だった、と言わざるを得ないのだ。何故なら、ガイドラインを少しでも認識していたら対応は変わっていたと思えるのである。では、簡単にガイドラインを確認しておきたい。

まず目的に記載されている文言からいくつか抜粋する。

『大規模自然災害等への備えを最悪の事態を念頭に置きつつ、平時から様々な政策分野での取組を通じ、いわば「国家百年の国づくり」として行う』

『いかなる事態が発生しても機能不全に陥らない経済社会システムを確保しておく』

国や地方公共団体のみならず、経済社会活動の担い手である民間事業者の普段からの取組・活動が極めて重要となる』

『民間事業者の行う国土強靱化のための努力には、自己の事業継続に関するものと社会貢献としてのものとが考えられる』

次に具体的な基準だが、大きく2項目あり、『事業継続関係』と『社会貢献関係』から成立しており、前者は自助、後者は共助として定義されている。

『事業継続関係』には、簡単に言うと、方針の策定、分析・検討、対策の検討・決定、計画の策定、見直し改善の仕組み、事前対策の実施、定期的教育訓練、経験者・知見者の担当、法令順守と詳細項目が定義されている。

『社会貢献関係』には、社会貢献の定義、社会貢献実績、従業員の社会貢献支援と実績、他の社会貢献実施と定義されている。

どうだろう、医療業界がこの活動に積極的に関わっていれば、現在の医療崩壊はあり得なかったのではないだろうか。その様な活動を政府は目指していたのである。そして欧米先進諸国は、日本よりはるかに事業継続計画に関しては民間にも浸透していることが、あれだけ感染拡大してパニック状態でも医療崩壊にはなっていない一因でもあるのだ。

日本は政府の指導力が弱いとメディアは言いそうだが、それは筋が違う。あくまで、自らの意識向上による優先順位の高い経営課題と認識し、自助・共助を明確に意識した地に足の着いた活動を平時から行う必要があり、業界団体として横連携も含めた強化活動が不可欠なのだ。