ワクチン接種後のマスク着用に関して

ワクチン接種先行国では、接種後はマスク着用義務の免除と言い出し、最近のバイデン大統領はマスク姿でなくなってきた。ファウチ氏疑惑問題等も含めて、大統領選挙戦術でしかなかったとも疑われる掌返しにも思える。本音では余程マスク着用したくなかったのだろうとも想像でき、外す言い訳が欲しかったのであり、少なくとも科学的な検証結果とは思えないのだ。

一方で、日本のテレビ出演する専門家達は、ワクチン接種後も100%感染を防ぐのではなく、暫くはマスクを外すべきではないと、相変わらずのゼロリスク神話に基づく非科学的な見解を発信している。結局、ワクチン接種が進み、感染者が季節性感染症と比較しても桁違いに少なくなってからでないと怖くて怖くてマスクは外せないというのが主旨の様だ。

今や、インドも感染が収束に向かい、結局変異株の強毒化はデータでは否定された。つまり、感染力が高まる自然の変異は発生しても、未だ強毒化を示すデータは無く、日本でも決して重症化率は高まっておらず(寧ろ重症化率は低下傾向にある)、『・・かもしれない』『・・の可能性がある』という根拠のない煽りは、相変わらず何一つ実現していない。

8割おじさんが再び、夏に緊急事態宣言の事態に陥る可能性があるとの発表を行ったが、よく聞くと、大阪で起こった感染拡大と同じ事が東京で発生した場合との前提であった。2週後はニューヨークになる、と言われ続け、確か今回の緊急事態宣言発出時も『東京は大阪と同様になる可能性があるので様子を見たい』だったはずだが、その様な事は起こらなかったのに、また大阪と同じ状況になるとは、正気とは思えない。

数学的には、パラメータが間違っていると言えるのだが、もう少し現実的なパラメータ設定でないとこの様な出鱈目が続くだろう。素人は騙せても、少し数学や物理が理解出来れば何が間違っているか一目瞭然なのだから。

結局、この様な社会情勢では、掌返しが起こらない限り、永遠にマスク着用は非科学的同調圧力として継続されるだろう。掌返しとは論理性を持たない行為なので、予測不能である。それでは検討が何もできないので、これらの事情を除外して科学的論理性を元に、ワクチン接種後マスク着用が必要かどうか検討してみる。

<前提条件の設定>

ワクチン接種後のマスク着用の必要性を議論する前提として、次の二つの要素は検討から除外する。それは、そもそもマスク不要論とマスク絶対論の両極の論である。この両極の論に与した瞬間に、全ての検討は無になり議論が先に進まなくなる。あくまで現在マスクを着用せざるを得ない状態であり、かつ出来うるならば着用による悪影響も考慮に入れ、マスク着用しないに越した事はないという前提に立ちたい。

その場合、そもそもマスク着用が必要になっている理由、言い換えると、マスク着用の効果から整理する必要がある。

マスクの効果として、自分が感染しない為の予防と自分が無症候感染者である前提で他人に感染させない予防と言う二つの側面がある。実は、巷の意見はこの二つの側面をごっちゃごちゃにしている事が多い。事実、以前の筆者の投稿に対するご意見もいつの間にか、この二つが入れ替わってしまう言われ方があったと記憶している。それでは論理性が一気に欠落してしまうので、明確に分けて検討したい。

<他人へ感染させるリスク低減効果面>

まず、自分が無症候感染者である前提で感染を広めない効果に関して検討する。

この場合、感染力のあるウイルスを大量に含んだ飛沫を撒き散らす事を防ぐ効果がマスクにはある。勿論、ゼロ化出来る訳ではないが一定の比率で飛沫の飛散量を減少させるので感染抑止に効果があるのだ。

この事を仮に数値で示すと、0.1%の市中感染率と想定した場合、無症候感染者はおよそ0.09%と想定出来、1人平均1日100万のウイルスを発散させるとすると、マスク着用でウイルス30万に減少させる事が出来る。ウイルス飛散指標値として、30万×0.1%=300となり、有症者が出歩かない前提だと、270まで減少する。

ではワクチン接種が進みどう変化するか。基本的メカニズムから考えても、感染を抑止するのではなく、感染してもウイルスの増殖を抑え、重症化を低減する。つまり、感染率は同様の0.1%であるが、有症状者が10分の1に減少すると考え、無症候感染者は0.099%に高まるだろう。

また、ワクチンの効果はウイルスの増殖を抑える訳で、1人平均1日に発散するウイルス量も減少するのが当然だ。この数値を仮にワクチンの効果で試算すると、ウイルスの飛散量は10万に減少させることが出来る。ワクチン接種100%とすれば、10万×0.1%=100となり、有症者が出歩かない前提では、99となる。接種率が80%とすれば、1000×20%+99×80%=279.2、有症状者が出歩かない前提で276.4まで減少する。

1年間の知見では、有症状者が出歩かない想定は無理があると考えられるので、その場合ワクチン接種でマスク着用以上の感染抑止が可能であり、例え有症状者が出歩かない前提でも大差はない。つまり、少なくとも全員マスク着用の必要性はなくなる。

かなり仮の設定の部分もあるが、8割おじさんよりは妥当性のある設定だと自負している。

<自分が感染するリスク低減効果面>

次に、自分が感染をしない予防観点での検討だ。

ウイルス暴露環境において、マスクがウイルスの吸引を防ぐのは、飛散と同様で70%削減出来るとしよう。但し、この一旦防いだウイルスはマスクに吸着されている。短時間の厳格なマスク着用運用が為されていれば良いが、1日中着用の現行ルールでは、大部分の人は、マスク表面に手で触れて接触感染のリスクを増大させている。折角、防いだマスクがウイルスのアンテナとなってしまうリスクがある。従って、実はマスク着用の効果は元々極めて限定的なのである。

一方で、ワクチン接種効果の方は、ウイルス曝露時に感染抑止にはならないが、無症候で気付かず治癒する確率が高まり、結果として見た目の感染率も減少する。つまり、マスク無くとも大丈夫といって良くなる。

<結論としてのマスク着用の必要性>

この様に考えると、ワクチン接種が相当な率で進めば、基本的に全員マスク着用は必要ない筈だ。但し、インフルエンザと同様に、有症状者は感染有無関係なく出歩かせない、止むない場合も少なくともマスク着用を義務化、感染者検出場所やその近辺の領域など疑わしい場合には一定期間のマスク着用など、現行のインフルエンザルールを応用する必要はあるだろう。

筆者の周辺でもよく見かけたが、有症状でありながら平気で外出、活動したり、マスク着用を指摘されても自分は大丈夫と拒否する人を許さない事の方が余程重要だろう。そして、マナーとしての咳エチケット、手洗いうがいの励行を継続すればマスクを手放す事は科学的には可能だろう。

注意する必要があるのは、ワクチンパスポート等の行動の許認可にワクチン接種の有無を用いてはならない事だろう。接種不可の人も存在し、接種のリスク判断も個人により異なるのだから、これは絶対にやるべきではないのだ。従って、マスクも社会としてのワクチン接種率の状況での判断であり、個々人の接種有無の判断に委ねては決してならない。マスクも全員マスク不要が基本なのだ。

既得権益に血眼な医療系専門家の危機煽りと、メディアの世論誘導による同調圧力、一部の政治利用勢力の非科学的政府攻撃活動さえなければマスクから逃れられる日は遠くないだろうが、実はこの3要素は障壁としては極めて高い。これを乗り越えるのは、世論として形成する国民の声が、冷静に、科学的論理性を以って、自分の頭で考えるという基本行動が浸透した結果になる事だろう。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です